《右へ行って潰れた歴史》をもつ国の選択 |
穂積剛 |
2026年2月 |

1) 自民党という政党
この国の社会は戦後から一貫して、右へ右へと動いてきた。
それは当然だろう。そもそも自民党とは、A級戦犯に指名された岸信介(東条英機内閣で商工大臣)が深く関与し、自民党の初代幹事長に就任して作った政党であり、自民党の党是は結党以来ずっと「自主憲法制定」だったからである。
したがって自民党という政党には、基本的に戦前の朝鮮植民地支配や中国侵略に対する反省など皆無である。人権意識など微塵も持ち合わせておらず、この国を戦前と同じような天皇制軍国主義の体制に戻したくて仕方がないのが実態なのだ。そのような政党が、戦後ほぼ一貫して政権政党だったのだから、日本社会が右へ右へと巻き戻っていくばかりだったのは、論理必然の結果である。
2) 自民党政権下の近現代史教育
そのような政党が政権運営をしてきたのだから、もちろん教育においても正しい近現代史など教えはしない。
文部省は教科書検定で家永三郎教授が執筆した「南京大虐殺」や「731部隊」による人体実験などの記述を不合格とするなど、日本軍が犯した侵略・虐殺・強姦・略奪行為を少しでも矮小化しようと攻撃し続けてきた。そうした状況下では高校受験や大学受験でも日本の近現代史を出題することが困難となり、そのため中学高校教育でも近現代史を学ぶことがなくなって、天皇制軍国主義が犯した筆舌に尽くしがたい犯罪行為を学生が知る機会も奪われていった。
そのため若い世代になるほど、日本が戦前にアジア諸国で何をやったのか知らないようになってしまった。
3) 河野談話とその実践
1993年8月の河野談話では、「日本軍慰安婦」について「旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」として国家の関与によるものであったことを認めて謝罪し、その事実について「このような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい」としたうえで、今後は「歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」としている。
ではこの「慰安婦」問題は、現在の教科書にどのくらい記述されてあるか。
2022年の検定教科書についての「wam」(女たちの戦争と平和資料館)での調査(https://db.wam-peace.org/kyoukasho/kentei/2022/)によれば、高校の「地理歴史」・「公民倫理」など社会科系の30冊の教科書のうち、「慰安婦」に触れられてあったのは半分以下のわずか12冊に過ぎなかった。
しかもこのうちの多くは、戦後補償問題や日韓請求権協定など現代の国際問題・社会問題の文脈で触れているものがほとんどで、歴史的事実として「慰安婦」に言及していたものは7冊だけだった。
その記載の仕方も、「日本の植民地・占領地の女性のなかには「慰安婦」として戦場に送られた人もいた。」(実教出版)、「占領地や植民地の女性のなかには、慰安婦として戦地に送られた者も少なくなかった。」(東京書籍)、「朝鮮人を中心とした多くの女性が慰安婦として戦地に送られた。」(第一学習社)といった程度の実に簡素なものでしかない。一体この程度の記述のどこが、「歴史の真実を回避することなく」「歴史の教訓として直視していきたい」内容だと評価できるのか。「歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ」たいのではなかったのか。実際に国がやっていることは、建前である河野談話とは正反対になっているのである。
4) 石破茂の歴史認識
このように天皇制軍国主義が犯した数多の犯罪行為を隠滅することばかりに汲々とし、したがって事実を知らない国民が圧倒的多数となり、それによって戦前回帰を本願としている自民党がさらに政権を続けてくることができたのだから、この社会が右にばかり進んできたのは当たり前なのだ。
この戦前回帰集団たる自民党で、期せずして首相・総裁となった石破茂は、周囲に「俺はこの国が『右』に席巻されるのが嫌だ。この国は左に行って潰れたことはないが、右に行って潰れた歴史がある。何があっても繰り返してはいけない」と述べていたという(朝日新聞デジタル2025年9月10日付)。
右翼の本丸である自民党総裁がよく言うわとは思うが、ここで石破が述べている「この国は左に行って潰れたことはないが、右に行って潰れた歴史がある」というのは疑問の余地のない客観的事実である。
今から80年以上前の時期に、右翼こそがこの国の国策を誤らせ、朝鮮や台湾を植民地化して支配することで搾取弾圧し、中国を侵略した挙げ句に日中15年戦争を惹起して、その結果として勝ち目のない太平洋戦争に突入し、アジア諸国で2000万人、日本国民でも300万人という想像を絶する膨大な犠牲を出した。私たちは、何よりも右翼をこそ警戒しなければならないはずなのだ。
5) 過ちを繰り返さないための努力
それではこの国ではどこまで、こうした同じ過ちを繰り返さないための努力をしてきただろうか。
この国で、自分たちが自ら戦犯を裁いて有罪にしたことが一度でもあっただろうか。
国家を破滅させたA級戦犯が再び権力を奪還することがないように、具体的な責任追及をすることができていただろうか。
実際には、同じ国策の誤りを防ぐただ手が何もできていなかったのが実情ではなかったか。
他方でこの国のリベラルと評される勢力がしてきたことは、ひたすら「憲法9条を守れ」というものばかりだった。
確かに憲法9条の存在は、この国の右翼勢力に対する歯止めにはなってきた。
しかし憲法9条なるものの本質は、天皇制を存続させることの引き換えとして、この国の軍事力を奪うことを目的に設けられたものに過ぎず、むしろ問題の本質を隠す役割を果たしてきたというのが私の認識である。
そのため私は憲法9条を金科玉条のように扱う主張には強い違和感を覚えており、そのことよりも本格的な戦争責任の追及と、天皇制の廃止を実現するべきだとかねてから主張してきた。
ところが、憲法9条ばかりに固執するリベラル勢力はそうした本格的な問題追及については曖昧なままにし続けてきた。こうした思想的な脆弱さが、現在のリベラル退潮を招いた大きな要因の一つだと私は思っている。
本質的な責任追及ができなかったから、戦後一貫してこの国はズルズルと右傾化に引きずられ続けてきたのである。
6) 軍事費急拡大に進む高市政権
防衛費という名前の軍事費の予算額を、GNP比1%以内に収めると表明したのが1976年11月の三木内閣での閣議決定だった。
その後の1986年11月に、アメリカの圧力により中曽根内閣がこの1%枠を撤廃すると表明して、大騒ぎになったことを今でも覚えている。
当時はまだ東西冷戦のまっただ中である。どう考えても現在よりも当時の方が、世界的な軍事的緊張は深刻だったはずではないか。
このGNP比1%枠は撤廃したとされたものの、実際には近年までほぼ1%前後の水準で推移しており、2021年の予算でもGDP比で1.09%だったという。
GNP(国民総生産。現在はGNIというらしい)とGDP(国内総生産)の違いは、前者が「国民」によって「国内外」で生産された付加価値の合計であるのに対し、後者は「国内」で生産された付加価値の合計を指すところにある。違いは海外での生産分を含むかどうかで、これを含まないGDPの方がGNPより少ない金額になるとはいえ、その違いはGDP609兆円(2024年)とGNP631兆円(2023年)程度、約5%の誤差に過ぎない。
ところが高市政権は、防衛費という名の軍事費を、今年中にGDP比2%にしようというのだ。
要するに軍事費を、2021年に比べて一挙に2倍にするという。これは誰がどう考えても、あまりに急激な軍拡政策だろう。
しかし繰り返すが、東西の緊張関係が緊迫していた冷戦時代ですら、日本はGNP比1%の軍事費を出すかどうかで、国内が大騒ぎしていた。
今は冷戦が終わり、そんな時代よりずっと平和なはずである。中国が軍事力を付けてきているとは言え、日本の貿易相手国の輸入・輸出ともトップの国である。どう考えても友好と平和を優先すべき相手であり、軍事力で対抗すべき必要があるとはとても考えられない。しかも軍事費への支出は、国内産業への投資と違って、ほとんど何の経済的効果ももたらさないのである。
それにも関わらず、どうしてそんなに軍事費を急膨張させる必要があるというのだろうか。私には完全に理解不能である。
結局は、A級戦犯が戦前にやっていた軍事的支配の復活を、右翼自民党政権が望んでいるからだとしか理解する術がない。要するに、イキりたいだけのみっともない力の誇示なのだ。
7) 国旗国歌法の制定と罰則規定
もう一つの例として、国旗国歌法の制定がある。
この国では戦後、国旗や国歌を定める法律は存在していなかった。ところが1999年に、自民党政権のもとで制定されたのがこの国旗国歌法だ。この法律では国旗を「日章旗」、国歌を「君が代」と定める。
しかし、侵略行為の象徴である「日章旗」を国旗と定め、天皇制軍国主義の象徴である「君が代」を国歌と定めることなど、私には到底容認できない。これではまるで、ハーケンクロイツを国旗と定め、ヒトラーを崇め奉る歌を国家としているのと同じじゃないか。そんな恥ずかしいことを法律で定めるなんて、私にはまったく理解できない恥辱的行為である。
戦争時代を過ごした日本人には、日章旗や君が代を押し付けられることに対する抵抗感が、少しは残っていた。だからこの法律を制定する際の国会での附帯決議には、強制はしない、義務づけはしないという決議がなされていた。しかしこの決議は反故にされ、実際には教育現場で日章旗や君が代斉唱を拒絶する教員に対する攻撃材料として使われてきた。教員は今や、定年後の再雇用拒否などの不利益を甘受するのでなければ、日章旗や君が代を拒絶することができなくされている。
ところが高市自民党と日本維新の会は、この右傾化をさらに進めて、今度は「国旗損壊罪」を制定しようとしている。日本に侮辱を与えようとする目的で日章旗を損壊等した場合には、2年以下の拘禁刑あるいは20万円以下の罰金に処されるのだという。
自分たちがそんなに日章旗や君が代が好きなら、自分たちだけで崇め奉っていればいいものを、この恥辱的な旗や歌を拒絶する者には、刑法上の罰則まで設けてこれを押し付ける方向に進めていこうというのだ。この調子でいけば、「君が代斉唱」なんて場面でこれを拒否してその場から席を外すという消極的対応に対しても、刑罰でもってこれを強制・強要するという社会になっていくだろう。
しかしあなたは、本当にそんな社会が望ましいと思うのだろうか。
8) 極右政党の乱立
自民党が結党された1955年から70年が経過したが、この間に国内にできた政党はほとんどすべてが自民党より中道寄りの政党であり、自民党こそが国内で最右翼の政党として存在してきた。
しかし今や、自民党よりさらに右に振れきった極右政党ばかりが乱立している。
その筆頭は日本維新の会であり、そのさらに右に参政党、日本保守党などが存在している。国民民主党も、そこで主張されている内容を見る限り、やはり自民党と同列か、それ以上の右翼政党だとしか評価できない。
そして今度の衆院選では、自民党が単独過半数を得る見込みであり、また参政党も比例で大きく議席を伸ばす見通しだという。
今や、自民党よりさらに右の極右政党ばかりが雨後の竹の子のように出てきて、それらがもっと勢力を伸ばすというのだ。
要するにこの国はまた右翼に肩入れをして、右翼連中に国策を委ねようとしている。欠陥だらけではあるが、それでもA級戦犯の政党である自民党の暴走の歯止めとなってきた憲法の改悪も、今や目前にまで来ている。これこそまさに、二度目の国家破滅の危機である。
9) 回帰不能点の通過
今からでも国家破滅の危機を回避することができるのか。
戦後ずっと自民党による右旋回政策を続けてきた結果、この国家は過ちを認めて軌道修正することができる能力をほぼ完全に失ってしまっている。
この右巻き回転のスパイラルは、もうすでに回帰不能点(Point of no return)を通過してしまったと、最近私は判断するようになった。
今回は分量の関係で触れないが、回帰不能点を過ぎているというのは、安倍晋三による亡国の経済政策だったアベノミクスの負の遺産が、もはや取り返しのつかない事態に至ってしまっていることも大きな要因だと思っている。
すでに国債の長期金利が危険な水準にまで上昇しており、これに伴い着実に円安が進行していて、日本はますます世界で貧乏な国へと落ち込み続けている。
もはや取り返しのつかない水準に至っているとは言え、これ以上の金融緩和は自死への歩みを早めていくことに他ならない。
10)亡国政策の高市政権
A級戦犯岸信介の孫がこの安倍晋三であり、安倍政権では「集団的自衛権の行使」を筆頭に、それまで以上も極右政策が率先して進められてきた。この安倍の経済政策により、この国は世界最大の借金大国となり、著しい円安が進んで物価を高騰させ、国民の生活を苦しくさせてきた。
この安倍晋三の後継者を自認しているのが、現在の高市早苗である。高市早苗は軍事費を2倍に増強し、安倍が行った積極財政(金融緩和)政策をまた始めると宣言して、この国をさらに貧乏国家に陥れようとしている。高市は日本維新の会と協働して、現代の治安維持法に匹敵するような「スパイ防止法」をも制定しようとしている。
高市がやろうとしていることは、A級戦犯の系譜を引く自民党の右翼政策をますます強めようとしていることだ。これはすなわち、石破のいう「右に行って潰れた歴史」を繰り返そうとするものに他ならない。
しかもアクセル役を自認している日本維新の会は、この破滅への方向をさらに強力に推し進めようと宣言しているのである。
11)「右に行って潰れた歴史」の再来
どっちに進んでも、もはや回帰不能点は通過してしまっている。
しかしそれでも、国家の破滅をさらに早める方向に進むのか、それとも少しでもこれを遅らせる方向に向かうのかの違いはある。
国家の破滅を促進させたければ、自民党・日本維新の会・参政党・国民民主党・日本保守党といった亡国政党に投票するがいい。
逆に少しでも遅らせたいと思うのなら、それ以外の政党に投票することだ。ただし、棄権などはもってのほかである。
「右に行って潰れた歴史」を二度と繰り返さないことを、心から私は願っている。
《敬称略》
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