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お知らせ 2013.3.28  弁護士 鈴木 周

 
   

ビアンキ自転車事故訴訟判決概要

 

平成25年3月25日に、ビアンキ自転車事故訴訟(東京地裁平成22年ワ第12475号 原告中島寛、同中島典子、被告サイクルヨーロッパジャパン株式会社)、(東京地裁平成22年ワ第17038号 原告東京海上日動火災保険株式会社、被告サ社)の判決が出されましたので、概要をお知らせ致します。
 事件番号が2つあるのは、原告中島寛さんの損害の一部を、東京海上が人身傷害保険特約によって肩代わり弁済していたため、東京海上が当該肩代わり分をサ社に対して請求する訴訟を提起し、両事件が併合されたものです。
 判決書を添付しておきましたが、裁判所の判断が記載されているのは30頁からになりますので、そこから読んで頂くのがよいと思います。下記概要の判決引用部分はかなり簡略化した平易な形にしてあり、厳密には判決文の表記とは異なること、裁判の当事者以外の人名は伏字にし、敬称も略してあることを、ご了解下さい。

当職の補足は各項の「」の後に書いてあります。 

  1. 係属部
    東京地方裁判所民事第32部合議B係
    裁判官 裁判長 白井幸夫
    右陪席 中西正治
    左陪席 水田直希
  2. 認容額
    原告中島寛  金1億4717万6388円
    原告中島典子 金330万円
    原告東京海上 金3883万8016円(訴訟前の人身傷害保険特約による支払)
    合計約1億8900万円。なお、東京海上は原告中島寛の損害を一部肩代わり弁済したものですので、結局、中島寛さんの損害総額は、金1億4717万6388円+金3883万8016円 = 金1億8601万4404円となります。
  3. 争点その1
     欠陥の有無 〜本件自転車は通常有すべき安全性を欠いているか〜 裁判所は、まず前提として、原告中島寛の自転車の使用形態が「通常予想される使用形態」であるかを判断。中島寛が、本件自転車(クロスバイク)を通勤で使っていたこと、ビンディングはクロスバイクユーザーが普通に使用していること、異常を感じた際に驚いて引っ張る挙動は往々にしてあり得ること、から、いずれも通常予想される使用形態から外れない、と判断した。
     また、欠陥について、まず6年4ヶ月の使用期間について触れているが、「その程度の期間経過で、サスペンションが容易に分離可能になることは、本件自転車が相当に高価であることも考慮すれば、使用者の合理的期待を害するものである」とし、またメンテナンスについても、「本件サスペンションの構造上水が溜まってさびて分離する可能性があるにも拘わらず、取扱説明書にスプリング等の部品を定期的に交換すべきとの記載がなく、やはり使用者の合理的期待に反する。」として、メンテの不足があったとしても、なお製造物責任法上の欠陥があると判断している。
     その余の、構造的なメカニズム(キャップの形態、貫通ボルトの有無等)は、「サスペンションの分離であることが主張立証されれば、欠陥の主張立証として十分であり、詳細な科学的機序までは必要でない。」「自転車の特性、通常予想される使用形態、経過年数の結果、サスペンションが分離して、これが原因となって事故が発生した以上、サスペンションの構造を論ずるまでもなく、本件自転車は通常有すべき安全性を欠く。」と判断した。
    裁判所は、要するに、自転車は人間が乗車して走行するものである以上、走行中に分離して転倒することなどはユーザーは想定していないことに加え、本件自転車がそれなりに高額な製品でもあるので、6年間の使用程度で分離してしまうようでは、メンテや構造を云々するまでもなく欠陥を有している、と判断しています。
    つまり「メンテしようがしまいが、当然そのくらいの期間は壊れてはいけない」ということを大前提としており、「メンテをすれば大丈夫だったんだから、そもそも欠陥ではない」というような意見には与せず、メンテは別途過失相殺で考慮するということを述べたものです。
  4. 争点その2
    因果関係 〜本件事故はサスペンションの分離によって生じたものか〜
    裁判所は、主に、
    @原告被告の実験結果(分離の場合前のめりに転倒する)、
    A目撃証言(まるで道路に溝か穴があり、前輪が落ちたような感じで前のめりに転倒)、
    B受傷状況(顔面部を道路で強打)、
    Cインナーパイプの傷(パイプ下部の前部にのみ擦過痕)から、「本件自転車のサスペンションが分離して転倒した」と認定。
     また、分離の原因となった挙動については、厳密には特定しておらず、「インナーがア ウターに差し込まれている長さ(嵌合距離)は、時々刻々と変化するものであり、特にハンドルを引き上げなくても、嵌合距離が短くなって分離に至る可能性を否定できない」 「転倒直前にインナーとアウターの嵌合距離が相当短くなり、その瞬間に原告寛がサス ペンションを情報に引き上げる動作をした可能性や、特段引き上げなくてもサスペンシ ョンが分離に至った可能性を否定できない。」とだけ述べている。
     なお、異物挟み込みによるジャックナイフ転倒は、当日の携行品で巻き込むものがないこと、目撃証言(ジャックナイフ否定)から、明確に否定された。
    裁判所は、因果関係については、欠陥すなわち、サスペンションの分離によって転倒したことが立証されればそれだけで十分であり、具体的な事故の発生機序(引っ張ったのか等)までは問われない、という判断をしました。これは、特に重大事故では、被害者本人の記憶がない、もしくは曖昧である、という場合も多いでしょうから、適切な判断ではないかと思います。
  5. 争点その3
    過失相殺 〜メンテナンスはどの程度要求されているのか〜
     クロスバイク(スポーツ車のエントリーモデル)については、どの程度のメンテナンスが要求されるのか、メンテを怠ったことによりどの程度の過失が認められるのか、が争いとなった。
     裁判所は、「事故当日まで6年を超える期間が経過しており、その間本件自転車のサスペンションについてショップでメンテナンスして貰っていない、最後の9ヶ月は雨にさらされ得る状態で保管(縁側のひさしの下)していたのであるから、サスペンションの状態に一定の配意をして然るべきであり、取扱説明書に定期点検の呼びかけがされていることも考え合わせると、点検を受けていれば腐食の進行の程度を発見することができた可能性があり、事故も未然に防止できた可能性も否定できない。」として、原告中島寛の過失を認めつつ、「被告は、定期点検を受けていれば防止できたと言うが、クロスバイクの定期転換は常識であるとはいえず、点検の際にサスペンションの内部の点検まで行うことが業者の通例とまでは言えないことから、原告側の過失として1割を認定した。」としている。
    ここは、自転車に関わる方であれば、様々なご意見があろうかと思います。スポーツバイクにお乗りの方であれば、もっとメンテナンスを要求してよいのではないかとお考えの方もおられるとは思います。もちろん、中島さんも、空気入れ、注油、ブレーキパッドやタイヤ交換はご自身でされ、自分では難しい部分はショップに持って行っていました。ただ、ことサスペンションに関しては、不具合を感じていなかったので修理依頼をしたことがなく、またショップでも何も指摘されたことがありませんでした。また、保管状況についても、6年4ヵ月のうち、大半は室内保管しており、最後の9か月間は、上に庇のある縁台に乗せておいたものです。強風や大雨が降れば、水がかかり得る状態にあったのは確かですが、たまたま雨粒がキャップの小さな穴に当たり、そこからどの程度の水が侵入するのかという疑問はあり、個人的には、雨水よりも、穴から空気が循環することによって結露が溜まった可能性の方が大きいのではないかと考えています。
     このメンテの点に関し、裁判所は、自転車を扱う大半の一般ユーザーの観点から端的に判断を下しています。つまり、中島さんの側にも一定の配慮をすべきではあったが、定期点検に出すユーザーは一部の方に限られ、大半のユーザーは故障や不具合が出るまでショップには持っていかないという実態があり、そしてサスペンションは点検に出しても通常は見てくれない以上は、中島さんに過失があるとしても1割程度ということです。もともと欠陥のある自転車であることが大前提であり、また欠陥に合わせたメンテ方法等が取扱説明書で明記されていない以上、出発点は100対0で、メンテ不足はあったとしても、せいぜい1割というのが裁判所の考えです。
     もちろん、私もメンテナンスの重要性を軽視するものではありませんし、安全の確保のためにユーザーの側も一定の責任を負っているのも理解しています。その観点からは、初心者からヘビーユーザーまでがきちんと定期点検に出し、ショップの方でも、サスペンションを含め安全面に留意をするという制度や環境が整うのが理想だとは思います。
     しかしながら、車検等の法整備がされておらず、実態が全くそうなっていない以上、普通のユーザーは故障や不具合が出るまで乗る、そうであるならば壊れるときも車体が真っ二つになるような致命的な壊れ方をしてはいけない、という現実を反映した考えが判決の根底にあるのだと思います。ブレーキワイヤやチェーンのように、外部に露出しており、その状態の劣化が誰にでも明らかなものはさておき、サスペンションのように外部から容易に状態が認識できないものは、なおさら故障時の安全を考えた設計が望まれます。
  6. 損害の各項目の認定(カッコ内は請求額)
    ■原告中島寛
    (1) 医療費 (1007万9716円) 全部認容
    (2) 入院雑費(115万5000円)  全部認容
    (3) 付添看護料(500万5000円) 合計4,304,500 
    これは症状固定日前1,969,500、固定後が2,335,000(一日6,500→5,000)にされたものです。
    (4) 休業損害(552万8712円)  全部認容
    (5) 逸失利益(5609万5182円) 51,426,522 
    訴状では逸失利益の算定期間を平均余命の半分11年にしていましたが、判決は60歳から70歳までの10年としたため、多少の減価がされました。
    (6) 将来付添費(7538万3304円) 65,259,908
    訴状では一律一日16000円を主張、判決は1年のうち240日はプロ(16,000)が、125日は原告典子が介護する(10,000)ものとして算定されました。
    (7) 慰謝料(3188万5000円)
    @ 入通院部分(188万5000円) 全部認容
    本件事故が重大であることから、本来145万となるところを、3割増しの主張が全部認容されました
    A 後遺症部分 (3000万円)28,000,000円
    本来2800万円となるところを、3000万円で主張しましたが、原告典子の慰謝料(通常、親族の慰謝料は認められない)も認容されていることも加味して通常どおり認定されたようです。
    (8) 親族交通費(90万1437円) 461,255
    主に、長男の帰国費用です。当時中国で勤務していました。8月の事故後、年末年始まで、5回帰国し、保険の手続きや会社の閉鎖等を行いましたが、年末年始の帰国費用は毎年かかるものなので認められず、また典子さんの交通費も前記(3)の付添看護料に入っているとして認められませんでした。
    (9) 旅行キャンセル費用(13万6221円) 全額認容
    原告中島寛が発案して、中国の長男一家と一緒にイタリア旅行に行くはずだったもの。親族分のキャンセル費用について、被告が「生計が別なので、キャンセル費用は損害と認められない。」と否認しましたが、全額認容されました。重症の中島さんをおいて、長男一家が旅行を楽しむことなどできるはずもなく、適切な判断だったと思います。
    (10) 家屋改造費用(1012万6000円) 8,891,600
    家屋は、人身傷害の保険金で他所に新築したため、旧宅の改装費用を仮定して請求したもの。ホームエレベーターについて争いがありましたが、判決は家族の利便も考慮し、4,344,400のうち7割の300万円を認定し多少減価されたものです。
    (11) 装具購入費(下肢装具 156万9101円) 1,449,784
    これは多少減価されている理由はちょっと良く分かりません。ライプニッツ係数が少し違っているのかも知れません。
    (12) 車椅子対応自動車購入費用(995万329円) 1,600,000(2,400,000)
    現在、訪問看護を受けており、殆ど車による通院はしておらず、その点で必要性の有無について争われていました。当方は「裁判所の認定は尊重します。」ということを述べておりましたところ、裁判所は「通院に使用しないこと、家族も利用することから」として、3割の160万円を認定してくれました。但しそれと別に、移動費用1ヶ月1万円、合計80万円も認定されています。
    (13) 将来治療費、関連品費(1255万7762円) 全部認定
    本来、将来治療費は認められませんが、支出されることが明らかであるので、裁判所は公的扶助を超える部分は損害、またオムツ等関連品費も実際の支出をもとに全部認容しました。
    (14) 電動車イス、介護ベッド、リフター(457万6461円)4,079,878
    このうち介護ベッド60万について、「寝具としてはいずれにしても必要なので5割減」としたものです。
    (15) 弁護士費用 14,000,000 
    これは、実際の弁護士報酬とは異なります。本件のような不法行為法の裁判の場合には、弁護士費用名目で認容額の1割を認定する慣例があるのです。
    (16) 中島寛損害合計、2億1161万9834円
    これに過失割合10%を乗じ、金1億9045万7850円
    (17) 損害の填補 46,754,636
    障害年金7,916,620(平成22〜24)+人身傷害保険38,838,016は、東京海上の求償権に転化。
    (18) 確定遅延損害金(347万3174円) 全額認容
    (19) 総計 金1億4717万6388円
    ■原告中島典子 (550万円) 金330万円
    「死に比肩すべき精神的損害」として、近親者慰謝料500万と弁護士費用50万円を請求していたもの。それぞれ300万、30万円が認定されました。また、典子さんには過失相殺はありません。
    ■原告東京海上(6000万円) 金3883万8776円
    人身傷害保険として支払った6000万円のうち、過失分がまずこちらに充当され、3883万8776円の範囲で代位が認められたものです。この保険は、「過失があっても満額出します。」という契約になっているため、過失分の2100万円強は、東京海上が負担し、残額について被告に求償できることになります。
  7. まとめ
    以上のように、過失相殺によって多少減殺されたものの、因果関係と欠陥について認定され、概ね原告の主張通りの判決が出たと言ってよいと思います。
    自転車のサスペンションの欠陥について争われた件は、過去に例がありませんが、今般、因果関係と欠陥について公的に認定された事実は大変重いです。
    本件被告のような自転車業界からすれば、メンテナンス不良という理由で請求を封じたいところだったと思いますが、やはり、現在の一般的な自転車ユーザーの使用実態(支障が出てからショップに持っていく)を勘案すると、6年程度の使用期間において自転車が致命的な壊れ方をすることは許されず、そのような構造は設計上の欠陥があったと判断されたものです。今後は、サスペンションに限らず、外部から認識の難しい部品の破損の場合には、同様の理由から、欠陥性を争う事例も多く出てくると考えられます。
     もちろん、本件訴訟で言及されたとおり、ユーザーの側にもある程度メンテナンスは要求されますが、それは損害の1割という限られた責任であり、設計に問題がある場合には、事故の発生の責はほぼメーカー側が負うことが明らかにされました。
    本件の同種のサスペンションは被告によれば国内に10万本程度出回っているということですが、今回明確に欠陥品であることが明示されたのですから、事故が発生した場合にはメーカーの責任が厳しく問われることになります。期間の経過とともに劣化が進み、危険度も増していますから、リコールや回収、修理について、各メーカーが自主的に行うことを期待したいと思います。特に、本件自転車のように、総計でも490台しか販売されていないような車種は、エンドユーザーの特定までも可能でしょうから、ハガキ等で注意喚起し、最後の一台までも突き止めて事故発生を防止する、という姿勢を見せて欲しいものです。  
     なお、被告サイクルヨーロッパジャパン株式会社は、まず間違いなく控訴してくると思われますが、その場合には控訴審で「欠陥のある部品を供給した」という理由で、損害の一部を求償する目的で、RSTを再び訴訟告知で引き込むのではないかと考えています。
  8. 判決文全文
    こちらのPDFファイルをご覧ください。
 
   
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