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コラム・弁護士

 
   

『占有』という奇妙な法概念

穂積剛

2024年2月


弁護士 ・ 穂積 剛

1. 占有権とは何か 

法律論には「占有権」という概念がある。

これは物権の一種なのだが、よく知られている典型的な物権は「所有権」(民法206条)だ。これは正確には、「物に対して支配する権利」として定義される。所有権があれば、原則的にはその「物」を使用し、収益し、処分することは自由である。

 

これに対して占有権とは、物に対する事実的支配状態をそのまま法律的に保護する制度、とされている。こちらは正確には、「自己のためにする意思をもって物を所持すること」と定義される(民法180条)。この場合には、その占有が所有権など本権に基づく支配状態であることを問わない。要するに、「あんたが現に持っている以上は、その持っている状態それ自体を保護する」というものである。

だから例えばドロボウが盗んだ宝石を持っていたとしても、そのドロボウが宝石を所持していれば、その占有状態がそのまま保護される。ドロボウがその宝石を他人に盗まれれば、所有権がなくても占有権を根拠にドロボウはこれを取り戻せる。これを占有回収の訴えという。

 

2.「占有権」と「本権」の関係 

この占有権は、ちょっと面白い制度になっている。

占有権が所有権とは別の制度として保護されているため、所有権と占有権とで結論が異なってしまうことがある。そういう場合にどうするかという問題だ。

 

例えば占有権に対しては、「占有の訴えについては、本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない」との規定がある(民法202条2項)。

占有権は、物を占有しているという状態それ自体を保護しようとする権利だから、そこに本権である所有権を持ち出して抗弁とすることは許されないという規定である。

 

そのため原則から言うと、時計を盗まれた所有者が、街で偶然にその窃盗犯が時計をもっているところを見つけてそれを盗み返した場合、窃盗犯が自己の占有を理由として時計の返還を求めた(占有回収の訴え)なら、これに対して所有者が「それはもともと自分の時計だから」と主張して所有権に基づいて抗弁することは許されない。

ただしこれには別の考えがあって、占有回収の訴えは占有を侵害されてから1年以内に限って行使できるという規定がある(201条3項)。そのため、もとの本来の所有者も盗まれてから1年以内なら、窃盗犯に占有を返せという権利を行使できる。これは占有の訴えであって「本権」ではないので抗弁として認められ、この場合には窃盗犯の占有回収の訴えは棄却されることになる。

 

3.「占有の訴え」の本訴と「所有権の訴え」の反訴 

ではこの場合に、盗まれて1年以上が経過してから所有者が窃盗犯と時計を見つけて、それを盗み返したらどうなるのか。この民法202条2項の規定により、所有者は時計を窃盗犯に返さなくてはならなくなるのだろうか。

ところが実際にはそうはならない。占有の訴えに対しては、本権を持ち出してこれを拒否することはできないが、しかし占有の訴えに対して本権を根拠として「反訴」を出すことはできるとされているからである。占有回収の訴えに対して、本権を根拠として「抗弁」を主張することは許されないが、「反訴」として別の訴訟を起こすことは許される。矛盾しているかのように思われるが、これが最高裁判所の立場となっている(最判1965年3月4日)。

 

具体的にはこの事件は、Aがその土地を占有していて建物を建てようとしていたところ、その土地の真実の所有者であるBが建物建築を実力で妨害すると脅し始めたので、AがBに対して占有の訴え(占有保全の訴え。199条)を提起したという紛争である。これに対してBが所有権に基づいてAに対し、その土地の所有者は自分だから建築中の建物を撤去して土地を明け渡せとの反訴を提起した。

これに対して最高裁は、占有の訴えと所有権に基づく訴えは別の請求だから、それぞれの訴えを両方とも認める、という判決を出したのである。判決の具体的な結論は、第1項が「BはAの占有を妨害してはならない」、第2項が「AはBに対し、土地上の建物を収去して土地を明け渡せ」という判示になった。第2項を認めるなら第1項は無駄なようにも思えるが、しかし占有権と所有権が別の概念である以上、裁判所としては両方を認めざるを得なかったのだ。

 

4.「将来給付の請求」に基づく反訴 

では、先ほどの時計の所有者が窃盗犯に対し、盗まれてから1年以上経った時計を盗み返したという場合に、窃盗犯が占有回収の訴えを提起した場合にどうなるか。

この場合に問題となるのは、現実にはまだ時計が所有者のもとにあるという事実である。自分がまだ持っているのだから、窃盗犯に対して「反訴」として所有権に基づく時計の引渡し請求訴訟を提起することはまだできない。そうすると時計をいったん窃盗犯に引き渡した上で、改めて窃盗犯に対し所有権に基づいて裁判を起こさなければならないのだろうか。

 

しかしその必要はない。占有の訴えに基づいて時計を窃盗犯に引き渡したならば、その段階ですぐに所有権に基づく引渡請求権が顕在化することが確実なので、「将来の給付を求める訴え」(民訴法135条)として、現時点で反訴を提起することが許されているからである。この場合の判決は、第1項で「所有者は窃盗犯に時計を引き渡せ」となり、第2項で「窃盗犯は時計の引渡しを受けたら、その時計を所有者に引き渡せ」という内容となる。

 

5.「行って来い」を認めた判決 

冗談のような話だが、こうした判決を実際に言い渡した事件がある。

事案としては、建物の所有者であるXが建物をYに貸していたが、その賃貸借契約が解除された。ところがYが建物を返さなかったので、Xは実力で建物を侵奪してしまったのである。そのためYがXに対し建物について占有回収の訴えを提起し、これに対しXが所有権に基づく建物明渡を求める反訴を、将来給付の訴えとしてYに提起した。

この事案について裁判所は、第1項で占有権に基づき「XはYに対し建物を引き渡せ」と判示し、第2項で今度は所有権に基づいて「Yは、Xから建物の引渡しを受けたあと、その建物をXに引き渡せ」という判決を出したのであった(東京地判1970年4月16日)。

 

こんな不思議な判決が出る前に、和解で話がつかなかったのかと疑問を覚えるが、当事者の対立がひどくて話ができなかったのかも知れない。

いずれにしても、占有権と本権とがあくまで別の権利と解されているため、このような結論が出てくるのである。

 

6.「債権」にも適用できる「準占有」 

占有権にはさらに、「準占有」という概念がある。

これは、占有権に関する民法の条文については、「自己のためにする意思をもって財産権の行使をする場合について準用する」(205条)という規定があることを指している。すなわち「物に対する占有」以外でも、自分のために「財産権」を行使する場合には同じ権利を「準占有」として認める、ということである。

これだけだと何を言っているかわからないとかも知れないが、具体的には例えば「債権」侵害についても、準占有によって占有に関する訴えが認められる、ということになる。

これはかなり特殊な規定だ。

 

7.「Googleアカウント侵奪事件」 

この規定を、具体的に使って問題を解決したことがある。

事案はこうだ。Googleのアカウントを使って仕事をしていたPが、そのアカウントとパスワードを、決裂した仕事仲間のQに乗っ取られてしまい、アカウントを使えなくなってしまったのである。現在であれば、二段階認証の設定をしていればこうしたことは起こらない。しかし私がPからアカウントの回収を依頼された当時は、まだ二段階認証は一般的ではなかった。仕事仲間だったQは、Pのパスワードを推測することができたのである。Qはアカウント侵奪後に、パスワードを変更してしまっていた。

このGoogleアカウントの回収を依頼され、どういう法的手段が取れるのかかなり悩んだ。依頼者からは、一刻も早くアカウントの復元を要請されている。しかしQの方も、自分は仕事で正当な権利があってそのアカウントを利用している、と主張していた。

 

依頼者PはGoogleに対して、そのアカウントを利用してGoogleのサービスを利用することができるとの権利、すなわち「債権」を有している。

この点、所有権や占有権といった「物権」という権利は、権利者であれば誰に対しても主張できる国家が決めた権利である。だから所有権や占有権が侵害されていれば、侵害したのが誰であったとしても、その侵害者に対して返せと回収を請求することができる。

ところが「債権」という権利は、債権者が債務者に対して請求できるだけの権利であり、その効力は第三者に対して及ぶことがない。「債権」が第三者によって不当に侵害された場合には、そのことに基づく損害賠償請求はすることができるが、法律上において「回収」を定めた規定がない。だからPはQに、アカウントを乗っ取られたことで損害賠償請求をすることはできるが、そのアカウントを「返せ」と請求できる権利が成り立たないのである。

 

8.「債権の準占有に対する侵害を根拠とする占有回収の訴え」 

そのときに思いついたのが、この「準占有」に基づく占有回収の訴えだ。

占有権に関する規定は、民法205条によって財産権を行使する場合にも準用されるので、Googleに対してPが有する債権にも準占有の概念が妥当する。そうすると、これによって準用される占有権に関する規定によって、占有回収の訴えを提起することが可能となるのである。

前述したようにこれには期間制限があり、侵奪行為があってから1年間しかこれを行使できない。この事案では1年が経過していなかったので、すぐに断行の仮処分を申し立てて審尋のうえで決定を取った。裁判所はこちらの訴えを認め、Googleアカウントを引き渡すよう命じる決定を出した。

裁判所の決定にQが従わない場合に備えて、こちらでは間接強制の申立(アカウントを引き渡すまで、1日あたり一定の金銭を支払うよう命じる手続)まで準備していたが、その前にQからアカウントが返されてきた。こうして、Googleアカウントを回収するという目的が達成できた事案だった。

 

9.奇妙だが役に立つ「占有」という概念 

普通は、債権侵害に対してこうした回収の訴えをすることのできる根拠はない。

こうして、占有権という不思議な権利を活用することによって、無事にアカウントを回収することが可能となった。

 

占有権とはこのように非常に奇妙な法概念なのだが、とても利用価値があるということが言えると思う。

 

 

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