どうも。
知らない間に自分が波平さんよりも年上になっていたということを知り、動揺を隠しきれないシミズです。
就職してしばらくしたころに「私たちサザエさんより年上だよ」と教えられたときも、言いようのないショックにしばし呆然としたものですが、いよいよ波平さんを超えてしまいました。年功序列・昭和感の残るサザエさんの世界なら、「おい、波平くん (= ̄^ ̄=)ノ」と「くん」呼ばわりしても許されそうな老年・シミズです。
サザエさんの世界はともかく、現実にはみんな年を取るわけで、自分の甥っ子・姪っ子なんかが、結婚して、子供ができて…というのを見ると「あぁ、あんなに小さかったのにもうそんな年に…」と感慨深い。これがよその子供になると、感慨深さより「いつの間に!?」という驚きが先に立つ。赤ん坊の写真しか見たことのなかった子が「結婚した」とか「子供ができた」と聞くと、手品でも仕掛けられたかのようにビックリしてしまうのだ。
自分も甥姪もよその子も、ひとしく1年に1歳ずつ年を取っているわけで、よその子供だけが早く年を取るわけはないのだけれど、途中経過を知らないだけでその子(その人)の時間はパタリと止まったままだ。
ま、直近で見聞きしたイメージで固定されて、更新・上書きされないからなんだろう。どうせならWindows○.○みたいに、勝手に「脳内イメージ」をアップデートしてくれればいいのにな、と思う。この先ニンゲンが進化したら、そんな能力も獲得するのだろうか。獲得できたらうらやましいな。
更新・上書きされないと昔のイメージのまま、とすると、同窓会で誰の眼にも明らかなオジサン・オバサンが「ゼンゼン変わんな〜い(‘∀’●)」なんて言いあっているのは、ヘンっちゃヘンな話だ。大学を卒業して30年以上たっているシミズだって、自分でいうのもナンだが身も心も丸くなってしっかりガッツリ変貌を遂げている。サザエさんより年下だった女子学生が、今や波平さんより年寄りだ。いくら老眼が入ってきたとはいえ、「変わらな〜(い)」くはないだろうよ。
ま、面と向かって「年取ったねー」などと言えば、流血の惨事を招きかねないので、良識あるオトナはそんなこと言わないだけだが、それでも確かに「変わってない」という感覚は「ある」と思う。それは顔のしわや胴回りではなく、曰くあいまいな「人となり」とでもいうものか。相槌の打ち方だったり、突然ぶっこんでくる脈絡のないギャグだったり、どこに連れていかれるか分からない話だったり、「あぁ、そうそう、コイツこうだった」と思うその人のエッセンスが感じられるからだ。
会社ではそれなりに偉くなっているらしいタロウくんが、飲みすぎてグダグダになって、ちょっと意味の分からないくだをまいていたり、あまり表に出ないけれど裏番長観を漂わせていたハナコさんが、収拾がつかなくなった飲み会をサラリと交通整理したり、そういうところって意外と変わらようだ。
さて、来月早々には司法研修所の20周年大会というのが京都で催される。司法研修所を出て20年の集まりだ(実は21年。コロナで延期になっていた)。みんなガッツリ20年年を取っているハズだけれど、はてさて、どんな変貌を遂げているのだろう。できればシミズも「変わってない―(笑)」と言ってもらいたいな。 |