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コラム・弁護士

 
   

わたくしと市民球場

鈴木 周

2009年6月


弁護士 ・ 鈴木 周 本日、平成21年6月17日、わたくしは地元府中市に市内球団「ブルーサンダー府中」を立ち上げたので、コーフンして突如野球コラムを書くことにした。コラムの順番は無視だ。ブルーサンダーとは、わたくしが学生時代川崎球場に通って応援していた頃のオリックスブレーブスのニックネームで、松永、ブーマー、門田、石嶺、藤井らの重量打線を表す呼び名だった。

 このように、わたくしは、昔から野球観戦が好きだった。今でも一人で西武新宿発4時30分の特急小江戸号に乗って西武ドームに行き、バファローズの応援をしている。西武ドームは、何年か前にドーム化して、両翼も100mになって、大変快適になった。東京ドームと違って観客が少ないので、ビール売りのオネーチャンが、クラブみたいに横に座ってビールを注ぎ、お釣りを渡すとき両手でキュっとしてくれる。そこは歩合給、オネーチャンもプロだあ! が、弁当は殺人的な不味さで、こちらは全くのアマアマ級。今度ひそかに「不味い弁当アリマス」という幟でも立ててやりたいくらいだ。高いのを買っても、旨いわけではなく量が多いだけなので、ホームラン弁当なんて買ってしまうと、これはなんかの修行か? という気になってくる。

 この西武ドームの対極にあるのが、府中市民球場である。対極と言っても弁当が旨いわけでは全然なく、施設及び展開されている試合のレベルにおいての話だ。
わたくしは以前、よく市民球場一塁側の下でテニスの壁打ちをしていたのであるが、疲れると飲み物を買って球場に入り、特等席で観戦をしていた。施設はボロだが、両翼95m、センター120m、ナイターあり、収容人員1万人程度の立派な球場で、当たりの日は、シダックスなどの実業団やオール府中などのセミプロが試合をしているが、大抵の場合、我がブルーサンダー府中に毛の生えた程度のチームが試合をしている。ピッチャーの放る球は、ニュートンが見たら「アレハ万有引力デス!」とか叫びそうな山なり、フライが上がればキャッチャーの尻から「チャリチャリチャリ」というリズミカルな小銭の音が響き渡る。先週の土曜日も、娘を連れて島忠で買い物した帰りに球場に寄ったところ、脱力系の極地とも言うべきナイスゲームが展開されていたのでご紹介したい。

 その日は、暑い日で、わたくしは球場外の自販機で「母ちゃんには内緒だぞ」と言ってジュースを買い、娘(3歳)の手を引いて球場に入った。一塁側は日向なので、バックネット裏に陣取り、5人の先客とともにグラウンドを見下ろした。彼らが一体なんでこんな試合を熱心に見ているのか分からないが、定年退職したお父さんが散歩がてら毎日来ているのかも知れない。もっと分からないのは一塁側観客席にいる脚の長い美女だ。選手の彼女か? 観客総勢8名で、このクラスの試合としてはまあまあだ。

 試合は1回が終わったところで、目を凝らしてスコアボードを見ると2対1のようだ。ちなみにレベルの高いチーム同士の試合は、ちゃんとバックスクリーン上のスコアボードに点数が出る。しかし、使用料の関係だと思うが、脱力系チームの場合にはベンチ横の黒板にチョークで書くだけなので、視力1.5のわたくしでも確認は難作業だ。それにしても、こういう試合でも、ちゃんと制服着てプロテクター付けた審判がついているのはどういうカラクリなのかね? 1時間3200円の使用料に漏れなく審判も付いてくるのかしら?

 と、様々疑念は尽きなかったが、そうこうしているうちに選手が守備位置に散らばっていった。と思ったら、なんとお相撲さんが登場! 「あれれ、アレはお相撲さん? これから土俵入り?」と思ったら、そんなはずもなく、お相撲さん級のピッチャーであった。もと関脇安芸ノ島タイプの体格で、おそらく100kgは堅いだろう。ところが、往々にしてありがちなのだが、そのお相撲さんは意外にも動きが素軽く、クルクルと体をひねって小気味よい速球をパシパシと投げ込んでいる。これはなかなか打てないでー、と思っていたところにバッター登場、小柄な韋駄天系の選手だ。

 韋駄天は、2球目を打ったもののあえなくサードゴロ、万事休すかと思ったら、サードがトンネル。ままあることで、こんなことで腹を立てていたらピッチャー務まりません。8人の観客のうち、脚線美とウチの娘以外は、「あーあ」とつぶやく。
そしたら次のバッターのときに韋駄天が盗塁、キャッチャー投げた、と思ったらボールはきれいな放物線を描き、セカンドベースはるか手前で跳ね、ポンポンとツーバウンドでセカンドに到達した。これはもう理論上、盗塁阻止は不可能ではないデスカ? さらに次の投球時に韋駄天がサードに盗塁、楽々セーフ。もうー、面倒だから、一塁に出たら「盗塁しまーす」と宣言してサードまでスタスタ行ったほうがいいのではないデスカ? 

 そんなわけで、ワンアウトランナーなしのはずが、エラーと2盗塁でノーアウト3塁。お相撲さんの心中は察するに余りある。胸をかきむしられるような気持ちであろう。ガックリきたのか連続フォアボールでノーアウト満塁。もしかしたら敬遠で塁埋めたのか? とも思ったが、序盤で2人も塁埋めるなんて聞いたことないから、フォアボールだったのだろう。
次のバッターはサードゴロ、今度はサードがちゃんと捕った、ホームゲッツー狙ってホームに投げたら、キャッチャーがミットの土手に当ててポロリ、観客「あーあ」とつぶやく。同点になってなおノーアウト満塁。果たしてこの回終わるのか心配になってきた。お相撲さんもだんだん絶望的な気持ちになってきたことだろう。
次のバッターは、浅いライトフライを打ち上げた。とりあえずアウトとれてよかったね、でもタッチアップはどうか、逆転阻止できるか競争だ。ライト捕って投げた、と思いきや土手にあててポロリ。観客一同「ああー」とつぶやく。逆転されたうえ、なおノーアウト満塁。もう、お相撲さんがブチ切れて、ライトに突進して張り手でもかますんじゃないかと本気で心配になったが、気は優しくて力持ちなのか、そんなバトルは展開されなかった。ああ見えて案外信金の営業担当かなんかで商店街回ったりしてるのかも知れないな。

 さすがにこのあたりで「もういいや」と思って、娘を促して席を立ったら、もっと見たいと大泣き。だって全然試合見てなかったじゃないの、ていうか試合になってないじゃないの、と説得しても聞かないのでしょうがなくもう少し見ることにする。
だが、お相撲さんもさすがに緊張の糸が切れたのか、次のバッターはスコーンという快音とともに、きれいなライナーを外野に飛ばした。これは正真正銘のナイスバッティングでセンターの頭上を楽々と超え、走者一掃のタイムリーツーベースとなり、観客一同、「おおー」と低くつぶやいた。それにしても、本来であればとっくに終わっていたはずの回が、5点入って、なおノーアウト2塁。わたくしの脳裏には、かのダヴィンチもなしえなかった「永久機関」という言葉が去来したのだった。
初めてナイスプレーが見られたので、娘にもう行こうと言ったところ、それなりに満足したのか、渋々ながら「ウム」と同意を得た。お腹減ったのかもしれない。家に帰ったら冷やし中華(シマダヤ製、醤油だれ、2袋入り250円のヤツ)だ。

 わたくしは、当然のことながら、この試合がその後どうなったかは知らない。5人のおじさんは最後まで見たんだろうなあ。本当に好きなんだなあ。わたくしも機会を改めてまた行ってきたいと思う。
ちなみに、このコラムは、庄野潤三ふうに、日常の何気ない一コマを切り取った印象深い小品にしたかったのだが、全く似ても似つかないアホバカコラムになってしまった。心の師匠、東海林さだお先生ともだいぶ違って、ちょっとガッカリ。

 

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