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コラム・弁護士

 
   

わたくしとカレーライス

鈴木 周

2009年11月


弁護士 ・ 鈴木 周 今、わたくしの手許に、雨宮正子著、「学校給食」(新日本新書)がある。毎年この時期はどういうわけかヒマヒマなのだが、まさか事務所にいないわけにもいかないので、本棚から引っ張り出してパラパラ読んでいたところだ。この本の中に給食のカレーライスの作り方が出ている。カレーは、自校方式とセンター方式で、子供たちの残す割合が全然違うそうだ。

 そのうち、まず自校方式(千葉県船橋市、850人分)では、下記の材料とスケジュールで作られる。
8:30 スープつくり 水60kg 骨(豚、鳥)12kg 水から煮出し、アクを取って香味野菜(ローリエ、ニンジン、セロリなど)を入れて弱火で11時まで(!)煮る。
8:30 それと平行して、カレールウつくり バター3.5kg(!)、小麦粉3.5kg 弱火で茶色くなるまで約50分(!)炒り、カレー粉を入れる。
面倒なので詳細は略すが、そのあと豚肉24kg(!)、タマネギ、ジャガイモ各28kg(!)、ニンジンなど投入し、あれこれ手をかけて、11時にスープと合わせてトロ火で50分煮込み、グリーンピースを入れて、配缶してようやく完成となる。

 なんだかビックリマークばかりになってしまったが、給食のオバさんがこんなに手間ヒマかけて作っていたとは、意外であった。いまどき、スープとルウを別々に作ったり、小麦粉炒めたりしていたとは驚いた。実を言うと、わたくしは、あんなものテキトーに野菜と肉を切ってバラバラ入れて、「○&○業務用缶20kg甘甘」みたいなのを四角い缶からデロデロ入れて、ちょちょっと煮込んだらアラ完成、と思っていたのだが、完全に誤解していました。本当にすんません。

 ちなみに、雨宮氏は、自校方式については上記のようにタイムスケジュールに沿って細かく紹介されておられるが、センター方式については、「ごはんは委託炊飯が多く、炊きたてホカホカではありません。野菜は前日に切り、ジャガイモの芽取りまで済ませて水につけ、翌日8時半にタマネギの炒めから始まり、10時にはルウ(固形)を入れて完了です。」(一部省略)と、肉や野菜の量などもすっ飛ばし、三行半でピシャリと終わりにされている。どうも氏はセンター方式がお嫌いのようだが、作り方を見ると、むしろこっちが普通な気がしないでもない。ないが、まあ、これだけ手間ヒマが違ったら歴然と差が出るのは事実だろう。

 このように縷々ご紹介してきたが、結局のところ、何が言いたいかと言うと、「カレーライスは愛情の食べ物である」ということだ。給食のオバチャンは、可愛い自校の生徒たちが美味しい美味しいと言ってカレーを食べてくれるのが嬉しくて、もちょっと手を抜いてもいいのに、嬉々として小麦粉50分も炒めたりしているから美味しいのだっ!、と思わず興奮して叫んでしまったが、これは真実であると思う。じゃ、なんですか、嬉々とせずに漫然と小麦粉50分炒めたら美味しくないのデスカ? と問われると返答に困るが、まあ小麦粉を時間かけて炒めること自体が愛情の現われということで勘弁してほしい。もちろん、センターの職員さんも、手を抜いて漫然と作ってるわけではなく、むしろ美味しく食べて欲しいと思って作ってるに違いないが、「ゴハン委託」「10時完成」のハンデは乗り越えがたいと言わねばならない。

 ちなみに、何年か前、なんかの資料で東京の学校給食の人気メニューランキングを読んだことがある。どの市も、どの区も、必ず1位と2位はカレーとハンバーグが占めていた。我が府中市も1位カレーで2位ハンバーグだったので、「うむ、健康、健康。」と思っていたところ、お隣の国立市では、1位デザート、2位サラダで、カレーはなんと嫌いなメニュー第1位に輝いていた。それを見た瞬間、わたくしは両の鼻の穴からフゴーっと荒い息を吐いた。一体全体どういうこっちゃこれは? ハイソな文京都市ではカレーなんていう庶民の味は好かん(ということにしないといかん)のか? デザートはまあ措くとして、子供が好きなメニューの2位がサラダとは、果たして健康なのか? 何かおかしくないか? とまあ、かような感想を抱いたのであるが、これは多摩地方に住む者皆が有しているであろう国立へのヒガミとヤッカミも多分に入っているので、国立にお住いの方は笑って許して頂きたい。後日、国立市長の上原公子さんにお会いする機会があったので、「他の市区の子供と全く違っている。何か理由があるのだろうか。サラダが2位でカレーが最下位とは、逆に心配だ。」というような事を言ったところ、「それは初めて聞いた。ちょっと調べてみようと思う。」と言っておられた。真相は未だに分からない。国立の給食センターが、カレーがすっごく下手で、デザートとサラダがとっても上手、という可能性もないではないが、たぶん違うと思う。

 もちろん、わたくしは今も昔もカレー好きである。実を言うと、昨日も妻子が出かけている間にイソイソとカレーを作っていた。サラダも作って、スープは味噌汁が余っていたので流用してトマトなんか入れたらヘンテコになって後悔した。カレーは、家庭用の「とろけるカレー」というヤツで、たぶん一箱250円くらいのだろう。不思議なもので、肉と野菜を切ってそのまま水にボチャボチャ入れて、煮てルウを入れて、はい完成、にすると、味がなんだか平板になってしまう。ドラエモンの秘密道具で、人の食べているものに向けると半分味わえるというようなのが出てきたが、味を吸い取られた残り半分カレーはこんな感じだろうと思われる。我が家では、そういうカレーを「半分カレー」と呼んで冷たく扱っている。それが、ちゃんと炒めて、ジャガイモとタマネギ(面倒なので、以下、「ジャガタマ」と称す)を除けて、肉とニンジンだけ煮て、余計な油をすくって、それで最後にジャガタマ(せっかく略したのに、結局ここだけだった)をあわせて煮込むだけで全然違ってくるんだから、やっぱり愛情は大事だ。昨日は、ニンニク、ピーマン、カボチャ、ナス、リンゴを加え、肉は少なめにしたら、大変上手に出来て嬉しかった。娘が小さい関係で、味は当然甘口であり、別売りの「パパのための辛辛スパイス」みたいなのをかける。それでも辛さは全然物足らないが、これはこれで慣れると十分に美味しい。

 こないだ、事務所の近くのソバ屋で、「セイロとシーフードカレーセット」(900円)というのを頼んだところ、「か、辛い! なんでソバ屋のカレーが激辛なのよう!」と大汗かいてハヒハヒしてしまった。が、よくよく考えるとソバ屋の、しかもセットのカレーが気合の入った激辛のはずないんだから、単にわたくしの味覚が甘甘方向へと退化し、そのまま安定したのだと悟り、愕然としたものだった。しかし、むしろ、この齢になって味覚がリセットされるということは、もう一度食べ物の美味しさを再発見できるということで、幸せなことであるように思う。カレーについては、娘の成長に合わせて、わたくしの味覚も再度成長していくことになるのだろう。カツ丼や天ぷらや鰻やラーメンなど主要メニューもリセットできたら幸せだけど、こういう子供も同じのを食べられるのは多分ダメなんだろうな。肩甲骨の下あたりに味覚リセットボタンがあって、窪みをボールペンでつついて、「オレ、今日初めてラーメン食べるんだ、ワクワク。」なんてことができたらいいのに。

 

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