わたくしと競輪(ハードボイルド編その2) |
鈴木 周 |
2007年7月 |
毎度毎度、弁護士稼業と全然関係なくて恐縮だが、わたくしは競輪が好きだ。年に数回は京王閣に足を運んでレースを楽しんでいる。以前は競馬を一生懸命やっていたが、18頭もいるので全然当たらないのと、混んでて指定席が取れないので、自然と熱が冷め、いまではスポーツ観戦のように見るだけとなっている。所詮、動物が走るので、三歳牝馬が「イヤッ、暑いから今日はアタシ走る気ないの。」などと、わがままセレブお嬢様みたいなこと考えていても、外からは全然分からず、ジョッキーが「敗因は全く分かりません。」などと眩暈がするようなコメントを発することとなる。
その点、競輪は9人しか出ないし、人間だから考えていることは新聞に書いてあって、そこそこは当たる。その推理の過程が面白い。無論負けるときの方が多いが、通算収支はやや負けという程度で、まあレジャーとして健全な範囲に収まっている。なにより京王閣は夕方、池のほとりでオバちゃんが運んでくるビールを飲みながらモツ煮をつつき、車券の検討をし、レースのときだけゴール前に張り付き、終わるとまたビールを飲みに戻るという、快適観戦ライフを楽しむことができるのが魅力だ。特観席もたった500円で、飲み物も飲み放題だ。
ちなみに、競輪は、基本的には3人×3チームの団体戦であり、新聞には誰が誰の後ろでサポートするのか、限られた紙面の中に書かれている。当然、一番速くてスタミナのある若手の後ろが人気になるのであるが(仮に、鈴木選手とする)、なにしろ紙面がないので、A選手「鈴木君がいい」とか、B選手「絶対鈴木君」とか、あたかもマッチョな男たちの倒錯した世界が花開いているようで面白い。
この競輪界も、10年以上も東西両横綱を張っていた神山と吉岡が衰えて、若手ベテラン入り乱れた群雄割拠の時代を迎えている。特に「F1先行」で売った吉岡は昨年の京王閣グランプリで引退してしまい、一つの時代の終焉を感じさせたものだ。グランプリでは、てっきり吉岡に花を持たせて「表彰台くらいはあがるんだろうな」と思っていたら、ダントツの最下位であった。「一体何たる体たらくか」と憤っていたら、翌日のコメントで、「すみません。涙で前が見えませんでした。」とのこと。ズルッと脱力も甚だしいが、ちょっといい話だ。こういった人間臭さもまた競輪の魅力である。
以下の文章は、何年か前に書いた、ハードボイルド編その2である。「オレオレ詐欺」と言っているので、3年くらい前だろう。ハードボイルド編は、もう一つあるので、機会を改めて紹介したい。
「今日(6月21日、土曜日)のオレの予定は、当番弁護のあと京王閣で競輪だ。競輪場には様々な紳士が集うが、オレの今日の役作りはチンピラさ。出がけにペタペタとオールバックにして、黒いスーツに黒い鞄、あーおいシャツ着てさ、海は見ずに銀色のネクタイを締めたよ。うーむチンピラというよりジゴロだな…このヒゲが特に。当番弁護は田無警察だったが、首尾よく被疑者の説得に成功し国選に任せて、オレはお役御免。警察から出たオレは、「うう、暑い、まぶしい・・・そうだ! ここは、役作りを一歩進めるために、サングラスだ!」と思って地元田無のメガネ屋で、「すみません、一番怖そうなサングラス下さい。」と妙に丁寧にお願いして、サングラスを買ったのさ。1万1000円だったな。こんなハシタ金、あとで10倍にして回収してやる、ムフフフ。そしてタクシーを拾いに駅に戻るオレは、ウィンドーに移る自分の姿を見たよ。・・・ううむ、これではチンピラもヤクザも飛び越えて殺し屋だな。それも池上僚一ふうの。
その後、タクシーで京王閣について、ゲートで50円払って場内に入ったよ。あ、暑い・・・。このくそ暑いのに全身黒ずくめなんてオレくらい。よく考えたら、本物の殺し屋は、こんな分かりやすいカッコしないよな。ゴルゴも案外普段はアロハとか着てるかもな。あいつだってビールも飲めば枝豆だってつまむだろう。いつものメインスタンド2階の特別観覧席を1000円で購入して(今は500円)、場内に入り、タダで飲めるカルピスをごくごく飲み、「あー暑かった。天国天国。」と笑う殺し屋。「すみませーん。ビールと煮込み下さーい。」などと礼儀正しくモツ煮を買う殺し屋。役作りの失敗は明らかだ。
おっと、ケータイに電話だぜ、「あ、先生、おれおれ、○○です。」。流行りのオレオレ詐欺ではない、顧問先の設計会社社長だ。オレは観覧席入り口に迎えに行き、社長とは一瞬目があったが、社長は「ヤバ目があっちゃった。」と、そそくさとその場を離れてしまったよ。「オーイ、○○さん、オレオレ」などと、こちらもオレオレ詐欺状態。一応、役作りの効果がそれなりにあったようだ。単に変な男と思ったのかも知れないが。
その後は、設計会社社長とレースを続け、最終レース後には、表彰式を見に行き、「ふざけんな、松本ー! この○×△! なんで今日に限って○×△っー!」などとヤジを飛ばす殺し屋。などといいつつ、松本選手の投げるポロシャツをめぐって、周りの紳士たちと、キャーキャー歓声をあげて飛び回る殺し屋。
今日はいろいろな側面が演出できてよかったと思う。
で、成果はどうだったって?
野暮なこと聞くねえ、アンタ。アンタも、ギャンブルはほどほどにしなよ。」
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