何年か前にどこかのテレビ番組で、ノルウェーだかフィンランドだか、とにかく北欧のスカンジナビアあたりの王様の話をやっていた。そこのお城のコック長さんが日本人で、あるとき、「この近海で取れる新鮮な魚介を使って味噌ラーメンを作ったらどんなにか美味しいだろう。」と思い、お昼に作って王様に出したことがあったそうだ。そしたら、「ムムっ、これはなんという食べ物じゃ!」とあまりの美味しさに大感激し、王様もう味噌ラーメンの虜、以来ことあるごとに味噌ラーメン味噌ラーメンと連呼するようになってしまった、とのことであった。
確かに味噌ラーメンは美味しい。さもありなん。ただ、王様は猫舌らしく、ぬるめのスープに浅い皿、スプーンにフォークにナプキンよ、と思わず軽快なリズムを刻んでしまったが、とにかく半分スパゲッチーみたいな食べ方であった。まあ味はそんなに変わんないからいいだろう。しかし、王様が食べているラーメンには、庶民には禁断の具である伊勢海老など高級魚介がこれでもか入っているようであり、「これじゃ美味しくて当たり前だよ・・・」という感じもしないではなかった。
わたくしはこのニュースを見て興奮した。この王様に味噌ラーメン以外のメニューを食べさせたい、日本の庶民の味を賞味して欲しい! そう思うと、いてもたっても居られなくなった。そこで、早速料理人スズキは、包丁いっぽ〜ん、サラーシぃ〜に巻いて〜♪ スカンジナビア航空で北欧に飛んだのだった。
王様のメニュー その1 半チャンラーメン
以下、【王】は王様、【ス】は鈴木
- 【王】
- スズーキィ、これはなんと言うメニューじゃ?
- 【ス】
- 半チャンラーメンでございます。
- 【王】
- どういう意味かの。
- 【ス】
- ハーフサイズのチャーハンに、ノーマルサイズのラーメンをつけて、半チャンラーメンでございます。日本の企業戦士やガテン系の男子に好まれる炭水化物満載のメニューでございます。これにギョーザという肉野菜のクレープ包みをつけるとよりブルーカラーの度合いが高まります。
- 【王】
- なるほど、して、「半チャン」の「チャ」はいいとして「ン」はどこから来るのかの。
- 【ス】
- お、それは考えたことがありませんでした。チャーハンの「ン」ではないでしょうか。
- 【王】
- ずいぶん遠くから強引に持ってきたものだの。
- 【ス】
- ホントですね。似た用法としては徹夜マージャンを略した「徹マン」がありますね。
- 【王】
- ロン、三連刻ドラドラ、親満12000!
- 【ス】
- ウッ、イタタタ…って、よく知ってますね。しかも三連刻とは渋すぎですよ。
- 【王】
- フフフ。ワシは日本通だからの。
- 【ス】
- そんなことより冷める前に食べてくださいよ。もっとも王様好みにぬるめですが。
- 【王】
- ほ、そうか、では頂くとするか。じゃ、まずこの炒めたライスから。お、崩して見ると思ったより量があるの。
- 【ス】
- お玉カポカポやってギューギュー固めてますからね。一合弱はあるんじゃないですか。
- 【王】
- お、これはなかなかの美味だの。香ばしくて、ネギとニンニクが効いておるようじゃ。濃い目の味付けで、これだけで3杯はいけそうだのう。
- 【ス】
- そうでしょう、そうでしょう。ラーメンもどうぞ。こないだは味噌でしたが、今日はお醤油味ですよ。
- 【王】
- 海老もカニも入っておらないんじゃな。海苔と肉は分るがこれは何じゃ。
- 【ス】
- シナチク・・・うう、ベビーバンブーの甘辛煮でございます。好き嫌いの分かれる味ではございません。スライスしたポークもそうですが、ラーメンに高い素材は何一つ入っておりません。
- 【王】
- では一口、ツルツルっとな。
- 【ス】
- どうです?
- 【王】
- ウ、ウ、ウマーイ! 美味いぞよ、スズーキィー!
- 【ス】
- ぞ、ぞよ? まあ何にせよ気に入って頂いてよかったです。王様は味噌ラーメンがお好きということでしたが、むしろ日本ではこっちが主流ですね。ラーメンと言えば普通これが出てきますよ。
- 【王】
- なんとも美味しいものじゃの。これなら何度も何度も何度も食べたいものじゃ。
- 【ス】
- そのとおり、毎日食べる企業戦士も一杯います。東京の新宿あたりじゃ、石を投げればラーメン屋に当たるくらいです。
- 【王】
- スズーキィー、明日も半チャンラーメンにしてくれんかの?
- 【ス】
- それがですね、王様、半チャンラーメンは塩分と油分と炭水化物が過多で、野菜は全然入ってないし、栄養学的にはメタメタなんですよ。カロリー摂取という以外ではあまり見るべきものがありません。お城の栄養士さんに叱られちゃうから、しばらくダメですよ。
- 【王】
- そんなつれないこと言うなよ、スズーキィ、いやシュウサーン!
- 【ス】
- あはは、ラーメン食べたいあまり、周さんに昇格ですか。それじゃ、月に1回くらいは作って差し上げましょう。
- 【王】
- お、話しが分るの。頼んだぞ。
王様のメニュー その2 タンギョー
- 【ス】
- 王様、今日はタンギョーですよ。
- 【王】
- タンギョーとな。
- 【ス】
- そう、この塩味の透き通ったスープに野菜が沢山載っているのがタンメン、こっちのちっこいクレープみたいなタコスみたいなのがギョーザです。あわせてタンギョー。この「ン」は「タン」の「ン」でしょうね。半チャンラーメンに比べて、格段に野菜が多く、栄養を気にするエリートサラリーマンや、大食のOLなんかに人気がありますね。今日は気分が出るように、このおしゃもじを取寄せましたよ。
- 【王】
- お、これは知っておるぞ。レンジじゃな。
- 【ス】
- 惜しい、レンゲでございます。
- 【王】
- ほ、「ge」で「ゲ」とはドイツ語じゃな。
- 【ス】
- ち、違いますよ。ローマ字ですよ。ヘボン式。
- 【王】
- ふん、そういうものかの。じゃ、まずギョウザから頂くとするか。このタレにつけて食べるのじゃな。
- 【ス】
- そうです。ちょっと辛いですよ。あと迂闊にバクっと食べると火傷しますから気をつけてくださいね。
- 【王】
- 湯気もなにも立ってないのに恐ろしいヤツじゃの。
- 【ス】
- 春巻きよりずっとジェントルですよ。春巻きはマグマが出てきますからね。
- 【王】
- お、あちい、お、辛い。が、まあ、ふむ、なかなか美味しいものだの。このコゲコゲにくっついたパリパリが食感のポイントじゃな。しかし、まあ、大体想像通りの味で、意外感はないな。
- 【ス】
- まあ、そうかも知れません。今は仕事中だからダメですが、ビールと一緒に召し上がるのがベストマッチだと思いますよ。
- 【王】
- なるほど、そうかも知れぬの。熱いのと辛いのと油ギトギトをビールで洗い流すわけじゃな。では、次に、タンメンを食べるか。お、この野菜のシャキシャキ感がいいの。ツルツル、ズズーッ。
- 【ス】
- どうです?
- 【王】
- ・・・美味しい、美味しいがの・・・。
- 【ス】
- 美味しいが?
- 【王】
- 何か、こう、ラーメンのときのような高揚感がないの。パッションを感じないのう。
- 【ス】
- そうでしょう、そうでしょう。タンメンというのはもともとそういうものです。タンメンとは思索と内省の食べ物なのです。 「昨日は飲みすぎた。」と反省しながらポリポリ野菜を食べ、「ヤツにはああ言ったが、ちょっと言い過ぎたかな。」とか考えながらズズーっとスープをすする食べ物なんです。そのために、思索を邪魔しない塩味と野菜が採用されたのです。パッションは不要なのです! そしてそれら十分な思索と内省を経て、精神的再生の一歩を踏み出す活力源としてギョウザが採用されたのですっ!
- 【王】
- ・・・ほんまかいな。まあ、でも、確かにそのような味わいだのう。
- 【ス】
- もう、次からは止めますか。
- 【王】
- む、うん、いや、また作ってくれ。これはこれでまた食べたくなるような気がするのじゃ。二日酔いのときとか。
- 【ス】
- お、タンギョーの意義付けをよく心得ていらっしゃる。よっ、この日本通!
- 【王】
- そう褒めるな。気持ちよくなってしまうじゃないか。フハハハ!
…とまあ、ここまで書いてきたが、字数も多くなったので、この辺でやめにしておく。が、わたくしは、自分で書いていて、この王様に深い愛着と敬慕を抱きつつある。この王様には無限の可能性を感じる。わたくしは、この王様に、うな重とか、立ち食いソバとか、モツ煮込みとか、激辛40倍カレーとか、様々なものを食べさせてあげたい欲求に満ち満ちている。今後、機会があれば、是非また登場して貰いたいと考えている。
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